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陰陽師が用いた呪法、神、用語解説

陰陽師が用いた呪法、神、用語解説

 

三鈷杵

九字(くじ)

九字護身法、九字を切るともいいます。
陰陽道で用いられたとされる呪文の一種であります。一般には「臨兵闘者皆陣列在前」(りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん)の九字を言い、結印したり四縦五横に切る所作を伴う。
現在のところ「九字」の初見は葛洪(かつ こう、283~343年、西晋・東晋時代の道教研究家・著述家。 『抱朴子(ほうぼくし)』「登渉篇」とされるが、同書では末尾が「在前」ではなく「前行」となっており、入山時に唱える「六甲秘祝」として呪のみが載っている。
抱朴子(ほうぼくし)が「入山宜知六甲秘祝 祝曰 臨兵鬥者 皆陣列前行 凡九字 常當密祝之 無所不辟 要道不煩 此之謂也
と入山時に唱えるべき「六甲秘祝」として、「臨兵鬥者皆陣列前行」があると言った、と記されており、以後古代中国の道家によって行われた。これが日本に伝えられ、修験道、陰陽道等で主に護身のための呪文として行われたのである。
したがって九字の呪、四縦五横に切る所作、結印の所作は別個に形成されたものと考えられる。なお、四縦五横に切る所作自体は道教経典等にも見え古くから存在しているが、結印の所作は見えない。結印の所作は恐らく日本伝来後、密教或いは修験道を受容する中で付加されたものであろう。
なお、陰陽道における九字では、古いものでは鎌倉時代の陰陽道の反閇儀礼を伝える文献に四縦五横に切りながら「青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」を唱えるものがある。現存する文献では身固や反閇の際に用いられたことがうかがえる。
 喼急如律令
「急いで律令(法律)の如く行え」の意であるが、転じて「早々に退散せよ」の意で悪鬼を払う呪文とされた
元来は、中国漢時代の公文書の末尾に書かれた決り文句で「急いで律令(法律)の如く行え」の意であるが、転じて「早々に退散せよ」の意で悪鬼を払う呪文とされた。道家が呪文に取りいれたものを陰陽師も用いたものであろう。なお、密教や修験道においても「喼急如律令」の呪は用いられる。
六壬式盤(りくじんしきばん・りくじんちょくばん)
六壬(りくじん・およそ2000年前の中国で成立した占術である。)によって吉凶を判断するための道具で、栻とも呼ばれる。地を表す「輿(よ)」と呼ばれる方形の台座(地盤)と、天を表す「(かん)」と呼ばれる円形の天盤で作られ、輿には、二十八宿、十干、十二支、四隅の八卦が記載され、堪には十二月将等が記載されている。堪の十二月将を輿の十二支に合わせることで、簡易な計算を行ったのと同じ効果が得られる。式盤を正しく作成するためには、輿には雷に撃たれた棗(なつめ) の木、堪には楓(ふう)にできるコブである楓人を使用する。
渾天儀(こんてんぎ)
天文上の変異を知るために天文観測に用いた道具で、指標となる星の運行の組み合わせや配置を観測した。特に本来はあってはならない箒星(ほうきぼし。彗星のこと)が現れると大災や天変地異が起こるとされた。
呪符・霊符
陰陽師が用いたとされる、種々の紋様や呪文を記載した護符。俗に「 セーマン(晴明桔梗・晴明紋・五芒星・ペンタフラマ・ペンタゴン)」や「ドーマン(九字格子)」と呼ばれる図形を記すものも多い。他にも「鎮宅七十二霊符」や「×」・「篭目」・「渦巻」・「六坊星」や、「急急如律令」の呪文を文字で書きつけたものなど数多くの呪符がある。
元来中国で用いられていたものが伝来したものと考えられるが、日本における護符の歴史は未だ解明されていない部分が多く、古くは藤原京跡などから「急々如律令」の呪句を書き付けた呪符木簡等が出土しており、奈良時代にはすでに活用されていたらしい。古い資料はほとんど残っておらず、たとえば平安時代当初にどのような呪符が用いられていたか等は不明な点が多い。
太上神仙鎮宅霊符
「太上神仙鎮宅霊符・家内の安全を保つこと、また、そのために行われる祈禳の総称。安宅ともいう。」「鎮宅七十二道霊符」等とも呼ばれる72種の護符。現在の所、道蔵(道蔵(どうぞう)とは、道教の大蔵経(一切経)のことである。)の『太上秘法鎮宅霊符』が原典とされ、中世初期に伝来したものと考えられている。
陰陽道に限らず仏教、神道などの間でも広く受容された。この霊符を司る神を鎮宅御霊神というが、元来は道教の玄天上帝(真武大帝)であると考えられている。
玄天上帝は玄武を人格神化したものであり、北斗北辰信仰の客体であった。それ故日本へ伝来すると妙見菩薩や天之御中主神等と習合し、星辰信仰に影響を与えている。星辰信仰の客体であり、また八卦が描かれるため陰陽道では受容しやすかったものと思われる。
近世には72種を一枚に刷った「鎮宅霊符」が各地の妙見宮や霊符社から出され、軸装して祭られていた。なお、土御門神道の祭神は現在泰山府君、鎮宅霊符神、安倍晴明が主神である。楠木正成や加藤清正なども鎮宅霊符神の熱心な信者であったとされる。
鎮宅霊符神を祭る主な社寺は関西圏に多い。
群馬県:少林山鳳葍院達磨寺
福井県:天社土御門神道本庁
京都府:曙寺(黄檗禅宗瑞芝山閑臥庵)、革堂 靈麀山行願寺鎮宅霊符神堂、青蓮山不動堂明王院松原不動寺)等
大阪府:星田妙見宮(小松神社)、大阪天満宮霊符社、堀越神社 太上神仙鎮宅七十二霊符尊神、高津山報恩院鎮宅霊符神社(東大阪市東山町)、密華山妙法寺今里)等
奈良県:鎮宅霊符神社(陰陽町)、信貴山成福院
熊本県:霊符神社八代神社末社)
人形(ひとかた、ひとがた)
形代(かたしろ、かたじろ)、撫物(なでもの)とも言い、紙や木材・草葉・藁などで人の形に作られ、それにより患部等を撫でることによって自分の穢れをこれに移しつけて祓うのに使われるもので、流し雛の風習はこれを元としている。一方で人形に相手の名前等を記し、その人形を傷つけるなどして、相手に事故死や病死などの重大な災いをひき起こす呪いとして用いたり、男女二体の人形を一つにし祈祷することで恋愛成就を祈るなど、様々な祈祷儀礼に広く見られる。丑の刻参りの藁人形が有名。
式神/ 識神(しきがみ、しきじん)
陰陽師が使役したとされる使役神(または鬼神)を言う。(しきがみ、しきじん)とは、陰陽師が使役する鬼神のことで、
人心から起こる悪行や善行を見定める役を務めるもの。
「識神」「しきのかみ」「式(しき)」ともいわれる。「式神」の解釈は密教の語法童子に似たものであるとか、精霊を使役するものであるとか諸説存在するが、最も有力なのは陰陽道で用いられる六壬式盤に由来するとの説であろう。
十二神将の化身とも言われる。目に見えない霊だったり、また紙で作った人形を術で人や動物に変化させたりと、場合によってはその姿は様々であります。

安部晴明はこの式神を使う名人だったが、妻が式神の顔を怖がったので、普段は一条戻り橋の下に封じておき、必要な時だ   け呼びだしていたという。

陰陽師にとって占具である式盤は最も身近な存在であり、天盤と地盤は合して宇宙そのものを表す。
それ故強大な呪力を持つとの信仰が少なくとも密教側の史資料には散見され、「都表如意輪法」等のように、陰陽道の式盤によく似たものを作成し、一種の呪具と見做し祈祷することで種々の利益を得るとする信仰があった。
そうした資料の中には「式神」を呼び出す旨が記されるものもある。
身固(みがた)め
陰陽道の護身作法の一種。
 身じたくを整えること。「身固めして沢に入る」
からだが丈夫になるように加持・祈祷 (きとう) をすること
禹歩(うほ)
足で大地を踏みしめて呪文を唱えながら千鳥足様に前進して歩く呪法を指す。基本は北斗七星の柄杓方を象ってジグザグに歩くものであるが、九宮八卦の九星配置を象って歩くやり方や、片足を引きずりながら歩いて地面に図形を描くといったものもある。
名前の通り、中国の禹(う)が治水のために中国全土を踏破した結果、遂には足を引きずりながら歩くようになったという伝説にちなんだものである。
魔を祓い地を鎮め福を招くことを狙いとしており、ドーマンの九字と同様、葛洪『抱朴子』には薬草を取りに山へ踏み入る際に踏むべき歩みとして記されていることが起源である。奇門遁甲における方術部門(法奇門)では、術を成功させるために行われていた。
反閇(へんぱい)
陰陽師が邪気を祓い除くため、呪文を唱え、大地を踏みしめ、千鳥足に歩む呪法のこと。三足、五足、九足など、さまざまな種類がある。平安朝依頼、天皇や貴族の外出にあたって行われ、悪い方向を踏み破る意味があるという。
道中の除災を目的として出立時に門の前で行う呪法のこと。
自分自身のために行うこともあるが、多くは天皇や摂関家への奉仕として行われた。
反閇では最初に玉女を呼び出して目的を申し述べる。呼び出すときには禹歩を踏む。最後は6歩歩いて振り返らず出発する
五行占霊(ごぎょうせんれい)
陰陽五行思想を下敷きにした木・火・土・金・水の五気にあやかって行われる、占術系の呪術儀法。 占いの呪法に部類されるが、六壬栻盤を用いての占術として知られる式占などに比べ五行占霊の知名度はそれ程高くない。
泰山府君祭(たいざんふくんさい)・刀禁呪・浄心呪・浄身呪・浄天地呪
いずれも元来は道教の祭祀。
泰山府君祭は陰陽師が行う祭りの一つ。泰山府君は中国古代からの神であるが,仏教の閻魔大王(えんまだいおう)と習合し,人間の寿命と福禄を支配し,その侍者司命神が冥府(めいふ)の戸籍を管理すると信ぜられた。
天台宗の円仁が中国から勘定して比叡山麓にまつった赤山明神(せきさんみょうじん)はこの神といわれ,また素戔嗚(すさのお)尊や大国主神など日本の紳祇とも結びつけられ,本地衰弱説(ほんじすいじゃくせつ)によって本地地蔵菩薩とされた。
平安時代に宮廷公家の間で盛んにまつられたのみならず,鎌倉幕府でも武家がとくに頻繁に祭りを行い,陰陽家安倍晴明氏が最も得意とした祭りであった。

土公人(どくじん)

土をつかさどる神。春は竈(かまど)に、夏は門に、秋は井に、冬は庭にあり、その場所の土をいじることはタブーとされて  いる。

 

物忌み(ものいみ)

魔を避ける呪術。陰陽道の呪術は人を呪うものよりも、呪いや襲い掛かってくる魔物から身を守るために使われることが多   い。物忌みの呪術は陰陽師により凶の兆しが見られたり、暦(こよみ)により凶の日とわかった場合に、ある一定期間に家に  閉じこもり、外に出ないようにすることである。

安部晴明も藤原道長をはじめ朝廷の要人にかけられた呪いをたびたび見抜き、その効力を消したり、逆に呪っているものに返  したりして守護してきたのです。

 

七曜・九曜(しちよう・くよう)

古代から占星術に用いられている主用惑星を七曜・九曜という。日曜から土曜を七曜。七曜に羅睺星(らごうせい)と計都星
(けいとせい)を合わせたものが九曜という。

日曜   丑寅方 (太陽・日精)

月曜   戌亥方 (大陰・月星・月精)

火曜   南方  (【熒惑星・けいこくせい】・火星・火精)

水曜   北方  (彗星・【辰星・しんせい】・水星)

木曜   東方  (【歳星・さいせい】・木精)

金曜   西方  (【太白・たいはく】・金星・金精)

土曜   中方  (鎮星・土星・土精)

羅睺星  東北方  (蝕神・黄幡星・太陽首)

計都星  西南方  (彗星・蝕神尾・太陰首)

これらはいずれも星曼荼羅(ほしまんだら)の第二院に配置され、『宿曜経・すくようけい』『梵天火羅九曜・ぼんてんからくよう』などに説かれている。

弓削是雄(ゆげのこれお)などが行った六任(ろくじん)などの代表される占星術での十二神将の定義は、時代・流派によって異なる。
一般的には北を玄武、東を青龍、南を朱雀、西を白虎とし、四神相応(ししんそうおう)とするが、四神の左右、たとえば玄武なら、左の天空と右の天后(てんごう)のいずれかを共に北位置とするなどの違いもみられる。
一例をあげると以下のような意味合いで仕分けされ、託宣(たくせん)の要素としている。

 

天后(てんごう)  愛情を司る神       貴人(きじん)   雅な感情を司る神

六合(りくごう)  和合を司る神       青龍(せいりゅう) 上昇欲を司る神

勾陳(こうちん)  努力心を司る神      騰蛇(とうだ)   闘争心を司る神

朱雀(すざく)   光の知恵を司る神     太裳(たいじょう) 平常心を司る神

白虎(びゃっこ)  力を司る神        大陰(たいいん)  清らかさを司る神

天空(てんくう)  虚しさを司る神      玄武(げんぶ)   闇の知恵を司る神

 

 

十二神将(じゅうにしんしょう)

十二神将は、薬師経典を信奉する者を守る十二の夜叉神で、薬師如来の守護神とされ、また、その化身、別名を十二薬叉大将、十二神主、十二神明王ともいわれる。

梵語では、例えば伐折羅は、ヴァジュローマハーヤクシャセーナパティであり、訳すと「ヴァジュラ(という神格の)偉大なヤクシャの軍の主」、すなわち大夜叉将軍=神将と意訳される。元々は夜叉つまり悪魔であったが、仏と仏法の真理に降伏し善神となって仏と信者を守護する。

十二神将は、薬師如来の十二の大願に応じて、それぞれが昼夜の十二の時、十二の月、または十二の方角を守るという。そのため十二支が配当される。また、十二神将にはそれぞれ本地(化身前の本来の姿)の如来・菩薩・明王がある。

各神将がそれぞれ7千、総計8万4千の眷属夜叉を率い、それは人間の持つ煩悩の数に対応しているという。

『薬師瑠璃光如来本願功徳経』によれば、釈迦が薬師如来の本願と功徳について説法を行ったとき、感動した十二の夜叉が、各自七千の眷属を従えて守護を誓ったという。

天部に属する神々は、天上界において仏法を外敵から守護する護法神で、元来は、古代インドにおいて人々が信仰していたバラモン教やヒンドゥー教の神々が帰依して護法神となったもので、現世利益的な福徳神の性格も併せ持つ。

 

経典によって若干用字や読みが異なるが、ここではもっとも一般的なものを挙げておく。なお、十二支の割り当ては下に挙げたもの以外にも諸説ある。

漢名 読み 梵名 片仮名 種子 本地仏/尊 十二支
例1 例2 例3 例4
宮毘羅大将
(金毘羅童子、宮比羅
くびら
こんぴら
Kumbhīra クンビーラ ヨー 弥勒菩薩
伐折羅大将
(金剛力士)
ばさら Vajra ヴァジュラ サク 勢至菩薩
迷企羅大将 めきら Mihira ミヒラ キリク 阿弥陀如来
安底羅大将 あんちら
あんていら
Aṇḍīra アンディーラ 観音菩薩
頞儞羅大将
風天
あにら Anila アニラ
マジラ
キリク 如意輪観音
珊底羅大将 さんちら
さんていら
Śaṇḍilya シャンディラ タラク 虚空蔵菩薩
因達羅大将
(帝釈天)
いんだら Indra インドラ 地蔵菩薩
波夷羅大将 はいら Pajra パジュラ マン 文殊菩薩
摩虎羅大将
摩睺羅伽
まこら Mahoraga マホーラガ
マクラ
キリク 大威徳明王
真達羅大将
緊那羅
しんだら Kiṃnara キンナラ
シンドゥーラ
アン 普賢菩薩
招杜羅大将 しょうとら Catura チャトゥラ バン 大日如来
毘羯羅大将 びから
びぎゃら
Vikarāla ヴィカラーラ バク 釈迦如来

十二神将は、昼夜十二時、四季十二か月にわたり、不断に衆生を守ると信じられ、日本では、薬師如来と共に奈良時代から信仰されている。

十二支の区分は、本来は、木星(歳星・さいせい)が十二年で天を一周することから、中国の天文字で木星の位置を示すために用いられていた。子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゆつ)・亥(がい)の十二で、日本に入ってから馴染みのある動物に当てはめられ、鼠(ね)・牛(うし)・虎(とら)・兎(う)・竜(たつ)・巳(み)・馬(うま)・羊(ひつじ)・猿(さる)・鶏(とり)・犬(いぬ)・猪(い)となった。

 

 

八将神(はちしょうじん)

八将軍ともいわれる。運勢歴の冒頭に歳徳神(としとくじん)や金神(こんじん)と並び、必ず方位が紹介されていた神々で、『暦の初めの八将神』として親しまれていた。

その年の八将神らの方位を十干十二支(じゅつかんじゅうにし)で定め、それぞれの位置関係でにより、吉凶を占った。八将神は【牛頭天王(ごずてんおう)】(素戔嗚尊・すさのおのみこと)と【稲田姫(いなだひめ)】(櫛名田比売・くしなだひめ)との間に生まれた八王子とも、頗梨賽女(はりさいじょ)の生んだ子であるとも、五星の精霊であるとも云われている。

 

歳徳神
牛頭天王の妃、稲田姫であるとも、婆竭羅龍王(しゃかつらりゅうおう)の娘、顔梨賓女とも言われている
一年中の徳の全てを司る神とされ、歳徳神の方向に向かって事を成せば、すべてが大吉であるという。また、その方向を恵方という。

金神

龍にまたがり剣を持った鬼神。牛頭天王と八王子によって滅ぼされた巨旦大王(こたんだいおう)の精魂の祟り神。金神の方位を侵すと、その者を含めて七人を殺すという祟りがあるという。
金光教の『天地金乃神・てんちかねのかみ』や大本教の『艮の金神・うしとらのかねのかみ』などは、祟り神を偉大なる力を持った神として祀り直したものである。

 

大歳神・だいさいじん(歳星)

木曜星の精。もっとも高い方位で、よってこの方向に向かって争うごとを起こすと凶に転じる。造作、転移などは大吉。

 

大将軍・だいしょうぐん(太白星)

金曜星の精。金気は五行において物を枯らし採るものであるため、棟上げ、移転、嫁取りなど、万事において凶。

 

大陰神・だいおんしん(鎮星)

土曜星の精。大歳神の妃。土は大陰、陰は陽を愛し陰を妬む。ゆえに嫁取り、お産など、女性に関わろことはすべて凶。

 

歳刑神・さいぎょうしん(辰星)

水曜星の精。刑罰を司る神。この方位を侵せば、たちまち災いが訪れるとされる。土をいじったり種をまいたり、木を植えたりなどは凶とされる。

 

歳破神・さいはしん(鎮星)

土曜の精。同じ土曜の大陰神とは相応する位置にあり、大陰神に突き破られる意味で『歳破』という。苦難を受ける位置で凶。

 

歳殺神・さいせつしん(太白星)

金曜星の精。大将軍とは軽いとはいえ、その力は凄まじく、金気は同じく万物を枯らし、害し、滅する凶。

 

黄幡神・おうばんしん(大凶星)

羅睺星(らこうせい)の精。この神が巡る位置に、家を造ったり、門を立てるなどの造作をすると、たちまち災いを招くとして凶。

 

豹尾神・ひょうびしん(凶星)

計都星の精。猛悪の神で、この方位に尾のある生き物を探したり、その方位を汚したりすると、祟りがあるとして凶。

 

 

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